ひとりごと

2017年2月

古い日記を少しづつニネにアップしてく中で、恋する詩人編集長Juanから
「過去のまいさん、なんだか独特の風が吹いてる気がします」と言われた。
最初に思っていたより「もっと膨らみのある感じ」と言った。

記事の感想をいただくことはどんなでも、「読んでます」だけでも本当に嬉しい。

先日そんな話をしたら、クライアントさんが毎回snsに読んでますよ!の印としていいねをしてくれて その心遣いが愛でいっぱいだなあと思った。

 

Juan「手のひらに収めてそっと握りしめるものかと思ってたのですが、
丸くて、もっと、大きくて、ふんわりしてて、」

「抱きついても良さそうな感じ。」

 


 

 

 

誰かが自分の文章を読んでくれたときの印象はいろいろだけれど、手のひらに収めてそっと握りしめるもの、というイメージがどうしても取れない。

 

自分がぎゅっと握り締めてるからなんだろうけど、多分本来の状態とか姿は、ともみさんが書いてくれたみたいに

実はもっと丸くて大きくてふんわりしてるんだと思う。

 

 

ひとりよがりと言われるのは辛い。

たとえそれが自分のただのひとりごとだったとしても。

それが、だれかを包み込んでくれる言葉であることを信じたい。

 

 

 

おもいで

2019-07-02

2019-07-02
あんちゃんにやさしく笑いかけてもらうゆめ
あんちゃんから許してもらう夢。いつだったのかな。6月の末、りゅうじやほかの救えなかったひとたちのことを乗り越えていた最初。

夢をみた。

許すも何も、彼はどれくらいいびつだった私のことを一度だって責めたりはしなかった。

たくさんけんかはしたし、言い争って真剣にぶつかったけれど

それでも最後の最後、離婚届を前にしたときですら彼はぼくもごめんね、って言ったから。

彼のことを待てなかった自分のこと

不安に勝てなかった自分のこと

自分の弱さを彼のせいにしたこと

ひどいことをたくさん言ったこと

どれも、これも、ずっと、自分の中に小さなしこりとして

残り続けてたんだ。

わたしはわたしを許せなかった。

離婚した直後に、幸せな恋愛ができなかったことも

すぐにタオくんができたことも

別の人との間に。

やさしく、できなかったことも。

夢の中のあんちゃんは、いつか出会った頃と同じようにまっすぐに遠くをみながら、自分のすきなことを語った。

自分のすきな仕事のこともそうだし、夢のこともそうだし、もうひとつの仕事では、こんなふうにひとびとが優しくてすばらしいんだって

自分の人生のすてきなところについて、たくさんたくさん話してくれた。

それはなんと、すてきな時間だったろうと、彼のはなしをききながらうん、うんとうなづいて

わたしもいつか、こんな風に自分の愛するものをなにかたったひとつでいいから

追いかけて生きてみたいんだ、と憧れていたことを思い出した。

アンちゃんも、わたしが書くことをおもしろくおもわないひとのうちのひとりだった。

それはわたしにとって、もとても辛いことだったけれど

夢のなかでアンちゃんがもういちどわたしに笑いかけてくれたことで、なにかがひとつ、天にのぼっていった気がした。

彼に出会えてよかったし、心のそこから大好きだった。

ほんとうに感謝しているし、いつか短い間彼の姓を名乗れたことと

家族のまねごとをさせてもらったことは

10年たったいまの自分からすると、どれほど幸せな経験だったことだろうとそう思うから。

本当に幸せになってほしいひとのうちのひとり

きっと、彼は許してくれる

小さくて、若かったわたしに。

まいちゃんに出会えてよかったよ、って

奇跡だよって。

いつか、もっとあとになってからでもいいから

また笑って、彼のすきなもののはなしを

きけるひがきたらいいと思った。

わたしにはとても、大切なひとが山ほどいて

それ以上しあわせなことはないと思った。

優しい、龍司の夢を見た。

彼女を連れていて、わたしが何事もなかったかのように笑ったら、ホッとしたような、全てが許されている夢。

やさしくて、穏やかで、わたしはただ彼が好きで、なんでそういう時間をこれまで過ごせなかったんだろうと思うくらいに

当たり前にそばにある、優しさだった

いろんなことが過去にながれゆくなかで、わたしは彼に、未来をみてたんだ。

それは、なんていうか、ステキなことだ。